夜宮の大珪化木

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Camera-photo Upload.svg 画像提供依頼:展示施設外観の画像提供をお願いします。2022年11月
夜宮の大珪化木。2010年3月29日撮影。

夜宮の大珪化木(よみやのだいけいかぼく)は、福岡県北九州市戸畑区夜宮2丁目にある、国の天然記念物に指定された珪化木である[1][2][3]

1940年昭和15年)に、当時の戸畑市(現、戸畑区)天籟寺地区の区画整理造成中に、地下 6 mメートル の地中から発見された[4]。この珪化木の直径は約 2 m 、露出部の長さは約 12 m であるが、地中に埋もれた部分も含めると約 40 m に達すると推定されており、この大きさは日本国内における珪化木の中でも最大級のものである[5][2][6]1957年(昭和32年)2月22日に国の天然記念物に指定された[7]

戸畑区内の住宅街にある北九州市立天籟寺(てんらいじ)小学校の校庭グラウンド西側の市道に沿って所在しており、一時期は埋め戻されたものの、発見当時の状態から移動されておらず、当時の状態のまま保存されている。今日では珪化木保護のためのアクリル板と解説板が設置され、それらを覆う屋根の付いた無料展示施設が北九州市により整備されており、自由に見学することが可能である。

解説[編集]

夜宮の大珪化木の位置(福岡県内)
夜宮の 大珪化木
夜宮の
大珪化木
夜宮の大珪化木の位置。
夜宮の大珪化木周辺の空中写真。画像中央付近、天籟寺小学校のプールの南側、珪化木が展示された構造物を赤色の楕円形で示した。国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成。(2009年4月29日撮影の画像を使用作成)

夜宮の大珪化木は北九州市戸畑区の夜宮2丁目の市道の脇にある珪化木である[1]。この場所は九州旅客鉄道(JR九州)鹿児島本線戸畑駅から南東方向へ約 1.6 kmキロメートルの場所にある住宅密集地であり[8]、周辺は北九州市立天籟寺小学校や福岡県立戸畑高等学校夜宮公園などが所在する一帯である。

この珪化木は1940年昭和15年)10月に、天籟寺地区一帯で行われた区画整理造成中に地下 6 m の地中から発見されたが、直後に太平洋戦争戦時下となったため一旦埋め戻された経緯がある。戦後、調査のため改めて掘り返され、1957年(昭和32年)2月22日に国の天然記念物に指定された[3][2][7]

発見当時の夜宮の大珪化木。

珪化木が含まれていた地層は、約3,800万年[6]から3,500万年前の第三紀の「大辻層群出山層」の基底部を占める「天籟寺層」と呼ばれる層の上部の下限となっているのもで、走向は北西から南東、北東に約 11° 傾いている[1]。発見された珪化木は天籟寺層の淡灰色の凝灰質泥質砂岩の中に、根元を南側にして北北西から南南東方向に、ほぼ水平の状態で横たわっており、周囲の堆積物の状況から元々この位置に生育していたのではなく、北の方から流れて来て埋没した流木であったと考えられている[1][5]

樹種はトウダイグサ科の一種でニセホバシライシ[9](パラフィラントキシロン[6]Paraphyllanthoxylon pseudo-hobashiraishi (Ogura) Mädel[9])と呼ばれる、熱帯亜熱帯の暖かい地域にかつて生育していた広葉樹の高木である[4]。発掘の結果、地表に現れている部分は 12.85m であるが[6]、樹上方向(先端部)は2つに分かれて地中に埋もれており、推定される総延長は 40 m 以上に達している[8]。直径は最大 2.2 m であるが上から押されたように偏圧されており、上方から見て幅 120 cmセンチメートルの部分の厚さは 40 cm 足らずしかなく、全体的に平べったい形状をしている[1]

国の天然記念物に指定された昭和30年代前半、この珪化木の保存や見学者の観察方法や、いたずらなどによる破損防止への懸念、さらに道路交通の妨げにならないための方法など、当時の戸畑市(現、戸畑区)では展示方法に頭を悩ませていたという[10]

その後も道路や擁壁などの構造物に覆われ、市道脇の側溝の隙間から覗き見るなど観察に適さない状態が続いたが[1]1980年(昭和55年)に再び掘り起こされ、市道の路面から約 1.2 m ほど掘り込んだ溝状の観察構造物が設けられ、風雨を避ける屋根や柵などが設置された。今日ではさらに、夜宮の大珪化木と同種とされ北九州市立いのちのたび博物館の屋外で展示されている珪化木の一部を輪切りにした「研磨資料」として展示されている。この研磨資料は小倉北区白州灯台東側の響灘海底から採取されたもので、見学者が直接手で触ることが可能な展示方法が採られており、形成過程の簡単な解説板が設置されるなど珪化木について学べるよう整備されている。

北九州市では日本ジオパーク認定を目指しており、北九州ジオパーク推進連絡会が北九州市立いのちのたび博物館内に設けられ、夜宮の大珪化木は北九州ジオパークのジオポイント、貴重な地質遺産のひとつとして紹介されている[11]

交通アクセス[編集]

所在地
  • 福岡県北九州市戸畑区夜宮2丁目1番内[4]
交通

出典[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ a b c d e f 首藤(1995)、p.988。
  2. ^ a b c 文化庁文化財保護部(1971)、p.244。
  3. ^ a b 西日本文化協会(1979)、p.137。
  4. ^ a b c 【国指定】夜宮の大珪化木 北九州市役所 文化企画課。2022年11月22日閲覧。
  5. ^ a b 首藤(1995)、p.986。
  6. ^ a b c d 北九州市教育委員会(1999)、p.106。
  7. ^ a b 夜宮の大珪化木(国指定文化財等データベース) 文化庁ウェブサイト、2022年11月22日閲覧。
  8. ^ a b 筑紫豊(1972)、pp.187-188。
  9. ^ a b 鈴木三男 (1984). “神戸市中新統産トウダイグサ科の材化石の一新種”. 植物研究雑誌 59 (9): 275-281. http://www.jjbotany.com/pdf/JJB_059_275_281.pdf 2022年11月22日閲覧。. 
  10. ^ 吉川需(1957)、p.101。
  11. ^ ジオパークとは/ジオパークについて 北九州ジオパーク構想。2022年11月22日閲覧。
  12. ^ 街中の地質遺産 夜宮の大珪化木 - Yomiya Petrified Tree - 北九州ジオパーク構想ホームページ。2022年11月22日閲覧。


参考文献・資料[編集]

  • 加藤陸奥雄他監修・首藤次男、1995年3月20日 第1刷発行、『日本の天然記念物』、講談社 ISBN 4-06-180589-4
  • 文化庁文化財保護部監修、1971年5月10日 初版発行、『天然記念物事典』、第一法規出版
  • 福岡県教育庁管理部文化課、1979年3月20日発行、『福岡県の名勝・天然記念物』、財団法人 西日本文化協会
  • 吉川需「夜宮の大珪化木」『科学画報』第5巻第2号、誠文堂新光社、1957年2月1日、 101頁、 doi:10.11501/10984751
  • 筑紫豊、1972年7月20日 初刷発行、『筑紫文化財散歩』、学生社 doi:10.11501/9572533 pp. 187-189
  • 北九州市教育委員会文化部保護管理課 編、1999年3月 発行、『北九州市の文化財』、北九州市教育委員会 NCID BB06517768

関連項目[編集]

外部リンク[編集]


座標: 北緯33度53分10.5秒 東経130度49分57.0秒 / 北緯33.886250度 東経130.832500度 / 33.886250; 130.832500